高校ではバレーボール部には入らなかったわけですね。
𠮷岡 はい。バレーボールをするために入った中学校でしたから、医師になるならそれに適した高校に進学した方がいいと、やはり父の勧めを受け(笑)、医科大学の附属高校である川崎医科大学附属高等学校を受験することにしました。ですから中2の途中から勉強に切り替えました。
バレーボールに打ち込んだことで何か得られたことはありましたか。
𠮷岡 当時の部活は今からは想像できないほど体罰が日常茶飯事でした。ただ、私が練習に参加させていただいていた高校は、まったく体罰とは無縁でした。生徒に対しても人間として向き合い、こういう場合はこういうプレーの方がいいなど、きちんと理論立てて話してくださいました。また、技術だけでなく日常生活の大切さも何度も繰り返して諭してくださいました。誰も見ていなくても頑張るとか、身の回りを整えることの大切さは、医師としてミャンマーに行くようになってからも身に沁みて感じました。医療従事者は現地で集団生活を送るのですが、交代で自分たちの住んでいる場所を掃除するとか、交代で食事を作るとか、そうした部分をみんなでちゃんとすることが、いい医療を提供することにつながっていることが実感できました。
TOPIC-4
失敗を恐れずに挑戦し「動的安定」をめざせ
医師をめざす中高生が、中高時代に意識しておいた方がいいことはありますか。
𠮷岡 医師になると、本当にいろいろな患者さんと出会います。小児科ですから、子どもを連れたお父さんやお母さんへの問診を通して病気の背景などを探っていくわけですが、自分の想像を絶するような生活や背景があることに気付かされるわけです。患者さんは、どこに病気の鍵があるのか気づいていません。問診を通してこちらが想像していくわけですから、意味のある問診をするには、自分の中に幅広い経験の蓄積が必要です。その意味でも中高時代は、机に向かって勉強する時間と同時に、興味のある無しに関わらずいろいろな分野の人に会って話を聞いたり、様々な活動をしたりすることが大切だと思います。そのときに自分が何を感じるのかをちゃんと確認しておくこと、そこから生まれる経験値の高さは他の職業に就く場合よりも大きく影響するのではないかと思っています。
ご自身もそういうご経験をなさっているのですか
𠮷岡 医学部附属の高校でしたから、福祉施設にボランティアに行ったり、知的障害の方のご家族の話をお聞きしたり、ハンセン病施設の中である意味社会と隔離されて生活していらっしゃる方にお会いしたりした経験は、今考えれば非常に良かったと思っています。とりわけ、感性豊かな中高時代の経験は、その後の人生にとても大きな影響を与えると思っています。勉強も大切ですが、ぜひ自分の心が動くような経験をたくさんしてもらいたいと思っています。
新中1生に何かアドバイスをいただけますか。
𠮷岡 失敗を恐れずに行動してほしいということです。中高時代の失敗なんて、受験も含めて、大人になってみると本当に小さなことだったことに気づきます。一番いけないのは、失敗したらどうしようと思って踏み出さないことです。失敗しても、いろいろな形で挽回できる時間がたくさんあるわけですから、失敗してもいいと思って、どんどん行動してください。
中高生を持つ保護者が気をつけるべきことは何でしょうか。
𠮷岡 どの親も、子どもには幸せになってほしいと思っています。では幸せの条件とは何でしょう。多くの人は安定した職業や収入などをぼんやりと思い浮かべると思います。しかし生活が安定していたら幸せなのでしょうか。回り続けているコマはものすごく安定していますよね。何かにぶつかっても回り続けていられます。そういう「動的安定」というのが、もしかしたら一番幸せなのではないかと思っています。社会に必要される、自分が熱中できる仕事や活動があって、そのことにいつも夢中に取り組んでいられることこそ、幸せなのではないかという気がします。となると、親としてできることは、子どもがそれを見つけられる種を植えてあげることだと思います。ただ、「どんな職業に就きたいの」という質問ではそうした活動は見つからないのだとも感じます。職業という枠で捉えずに、将来はどんな風に社会に役立ちたいのかを考えるような問いかけを通して、子ども自身がそうした活動を見つけていくことができれば、お互いに幸せになれるのではないかと思っています。
特定非営利活動法人ジャパンハート理事長
小児科医
𠮷岡 春菜(よしおか・はるな)さん
1979年大阪府生まれ。2003年川崎医科大学卒。独立行政法人国立病院機構岡山医療センターで小児科研修を行い、2004年ジャパンハートの国際医師長期ボランティアに参加。帰国後、岡山県で勤務医をしながらジャパンハートの医療活動に定期的に参加。2011年東日本大震災の医療支援をきっかけにジャパンハートに入職、2017年より現職。小児がんの子どもとその家族が楽しいひとときを過ごすための支援を行う「スマイルスマイルプロジェクト」のリーダーも務める。