
中学校からは、小学校とはちがう新しい勉強が始まります。算数は数学という教科に変わりますし、英語の勉強もより本格的にスタートします。どんな心構えでいたらいいのか、不安に思っている人もいると思います。そんなみなさんに、英語や数学を勉強するときの心構えや、楽しく勉強を続けるアイデアなどを紹介します。


『鳩の巣原理』もしくは『部屋割り論法』という言葉を聞いたことはありますか? 聞いたことがない人も、「367人の人が集まると、その中には誕生日(○月□日)が同じ2人以上の組が必ず存在する!」という話なら、少し考えれば納得できるのではないでしょうか?
閏年の2月29日も含め、366人の誕生日をみな異なるようにすることはできても、あと1人、367人目が加わると必ずだれかと誕生日が一致するからです。
4羽の鳩を3つの巣箱に入れようとすると、少なくとも1つの巣箱には2羽以上の鳩が入る、というごく当たり前の原理を応用しています。先の例では、366種類の誕生日が“巣箱”、それより1多い367人の人が“鳩”に当たります。

今回は、これから中学校に進学するみなさんが新たに学び始める「数学」が持つ、とてつもなく大きな力の一端を紹介できることを願いつつ、お話しします。
さて、この『鳩の巣原理』、原理は簡単ですが、とても難しいことを示すことができるのです。たとえば……
各位の数がすべて1であるような整数(111……11)の中には、97で割り切れるものがあることを示しなさい。
111÷97、1111÷97、11111÷97、…と次々に計算していっても、いつになったら割り切れるやら、とため息が出てしまいます。現実的ではありません(実際には、1が96個続く96桁の数が、初めて97で割り切れます!)。
このようなとき、『鳩の巣原理』が真の力を発揮するのです。
97で割り切れるかどうかを論じるのですから、整数を97で割った余りに目をつけます。97で割った余りの数は、割り切れる場合の余りを0とすると、
0,1,2,3,……,95,96(“余り”は“割る数”より小さい)
の、97種類です。これが巣箱です。
一方、各位の数がすべて1であるような整数はいろいろありますが、これを小さい順に、(巣箱の数より1多い)98個そろえます。これが鳩です。つまり、
1,11,111,1111,……,1111…111(←98桁)…………………………★
余りが97種類なのですから、★の中には97で割った余りが等しくなる2つの数が必ずあるはずです(これぞ『鳩の巣原理』!)。
そして、次が重要です。
97で割った余りが等しい2数の差は、97で割り切れる。
下図を見れば、分かるでしょう。

★の中にある「97で割った余りが等しい2数」をM、Nとする(M>N)と、これらの差は、次のようになります。

☆は、1111……1×1000…0で、これが97で割り切れるということは?
…そう、後半の1000…0は97では割り切れませんし、分数で言う約分もできませんから、前半の1111……1が97で割り切れるしかありません。
このことから、各位の数がすべて1であるような整数1111……1が、確かに97で割り切れることが示されました。
(数学的によりきちんと説明するには、MやNの桁数を文字でおいてそれを用いるところでしょうが、いまの時点ではこの説明で十分でしょう)
さて、みなさん、この説明がどうしてとてつもない力を持つのか分かりますか?
それは、実際に、97で割り切れる数を具体的に見つけたわけではないのに、「ある」ということは確実に示された点にあります。いわゆる状況証拠というあいまいなものを高く積み上げて示したわけでもありません。1点の曇りもない論理の力で示したのです。
思い出すことがあります。それは、2003年に米を中心とする数か国の連合軍がイラクに侵攻した、いわゆるイラク戦争です。その侵攻の大きな理由とされたのが、イラクによる大量破壊兵器の秘匿でした。戦争は、短期間で米側の圧倒的勝利に終わりました。しかし、その後の捜索により、兵器は発見されませんでした。開戦の理由が揺らぐことになったのです。そのとき、侵攻を支持した時の日本の首相は、「発見されなかったからといって兵器が無かったことにはならない」と強弁したのです。「発見してはいないけれども、あることは確実に示される」という『鳩の巣原理』と比べると、見る影もありません。数学には、人を殺傷する力はありませんが、緻密に組み立てた論理の力で、いろいろな事を明らかにしていくことはできるのです。
ともすると、さまざまなメディアからあふれる情報に押し流されそうになる世の中にあって、私たちは、ただ流されるままであってはいけません。一つひとつの情報を精査し、自分の頭でその真偽・軽重・善悪を判断していく必要があります。そこで大きな助けとなるのが、数学で培う論理の力です。
大げさに言っているのではありません。数学をきちんと正しく学ぶと、数学とは縁もゆかりもないように見える生活の様々な場面で、その効果が表れます。
みなさんに近いところでは、学校の授業で行うディベート、友達と一緒に遊ぶゲームにおいて自らを有利にする作戦の立案、文化祭での効果的な客寄せのアイデア等々、あらゆる場面で数学的な思考が活きてきます。
最近、自身の仕事上の要請から数学を学び直す社会人が急速に増えていることからも分かります。「ロジカルシンキング(論理的思考)」や「クリティカルシンキング(批判的思考)」という言葉を聞いた人もいるでしょう? 数学をベースにするそれらの思考法がいろいろなビジネスシーンできわめて有効に作用するのです。
いきおい、「数学を学ぶメリット」的な話に傾斜してしまいました。何はともあれ、これから数学と向き合い始めるみなさんには、あらゆる先入観から解き放たれた目で、一から数学を学んでほしいと願っています。算数が得意だったから……、とか、苦手だったから……、という先入観を持って学び始めると、うまくいきません。ほら、そんな時こそ、先入観ではなく、「算数が苦手だった」という客観的な事実から、何が原因だったのか、そしていま何をすればよいのかと、まさに「ロジカルシンキング」を試みてみましょう。
最後に、冒頭の誕生日の話のついでに。
「50人の集団の中に同じ誕生日の組が存在する確率は?」私が通った高校を卒業した翌年、全学年全クラス(約50人×21クラス)で調べてもらいました。
結果は、20クラスで「存在」しました。存在率約95%。ちなみに、正しく計算すると、確率は約97%になります。数学は裏切りません!