文化人類学者はそこに貢献できると思ったのですね。
馬渕 最初は、文化人類学者としてそのコミュニティに入り込み、そのコミュニティを一番理解しているという立場から、そのコミュニティの支援につながるようなプログラムをつくる手伝いをしたいと思いました。そこでネパールで実際にコミュニティに入り込んで仕事をしている人を訪ねて教えを請いました。観察しているうち、そういう仕事は自分がやるべきではないと感じました。現地をよく知る現地の人がそのコミュニティに入った方がいいし、自分はそういう人たちの手伝いをするような仕事をした方がいいと思いました。コミュニティに入りたいというのは自分のエゴであり、本当に意味のあることではないと痛感しました。
TOPIC-4
留学や転職を繰り返し自分のスキルを磨いた
では、大学卒業後はどのような仕事に就いたのですか。
馬渕 民間企業も一応は面接を受けたもの、もともと興味がなかったため時間の無駄のように感じ、結局は縁あって、発展途上国への支援を行う独立行政法人国際協力機構(JICA)に入りました。世界を回っていたときに、途上国への保健医療支援の必要性を強く感じてはいましたが、それは医師や看護師などの資格を持った人が携わるものだと思っていたため、JICAでは教育や地域の総合開発、投資を呼び込むための投資環境作りなどを担当する部署で仕事をしました。
保健医療に舵を切っていく経緯を教えてください。
馬渕 JICAからハーバード大学に留学したのですが、ちょうどその頃にビル・ゲイツがマイクロソフトを辞め、自分の財団を作ってグローバルヘルスの問題を解決する仕事をはじめていました。政府ではなく民間企業のノウハウを使いながらグローバルな問題に取り組むという感覚が新鮮で、ハーバードの卒業式でビル・ゲイツの話も聞き、グローバルヘルスは面白い分野だと改めて思うようになりました。そこで民間企業のノウハウを学ぶため、JICAを辞めてコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに転職しました。日本オフィスから南アフリカオフィスに移籍し、グローバルヘルスを扱う小さなチームで活動していると、グローバルヘルスの課題は、医学的な解決策がないことではないことに気づきました。安価な医療サービス(医療、薬など)があっても、途上国ではそれが適切に届かないことが大きな課題だったのです。
そこからグローバルヘルスの専門家へと歩みはじめるわけですか。
馬渕 いえ、グローバルヘルスのバックグラウンドがなければ話になりませんから、今度はジョンズ・ホプキンス大学に留学しました。そこで公衆衛生や保健医療システムなどについて包括的に学んだことで、世界銀行に保健スペシャリストとして入行でき、ようやくグローバルヘルスの仕事に入ることができました。
TOPIC-5
グローバルヘルスを統括する立場に
世界銀行在職中にはエボラ出血熱の収束に大きく貢献したと伺っています。
馬渕 エボラ出血熱は、2014年に西アフリカで大流行し、世界を震撼させましたが、その緊急対策チームのリーダーを任されました。感染者の半分が死に至るという恐ろしい感染症でしたから、とにかくスピードが必要でした。これまでに身につけた能力をフルに活用して大きなチームを動かし、政府や他の機関と協力しながら、短期間で感染者ゼロに抑え込むことに成功しました。
それなのに世界銀行をやめてしまうのですね。
馬渕 グローバルヘルスの最前線で活躍することは楽しいことでしたが、世界銀行以外の視点ややり方で働いてみたいと思い、2018年にビル&メリンダ・ゲイツ財団に入団しました。ここで数年働いた後、再び現場に近い立場で働きたいと思いはじめたタイミングで、世界銀行に並ぶ大きな国際機関であるグローバルファンドに保健医療システム、パンデミック対策を統括する部局長のポストが空いたため、申し込んで面接を勝ち抜き、現在に至っています。
TOPIC-6
行動の型を身につけ経験全てを力にしてほしい
新しく中学生になる読者に、何かメッセージをいただけますか。
馬渕 2つのことをお伝えしたいと思います。1つは、経験全てが自分の力になるということです。私は文化人類学からスタートして、色々な経験を重ねながらロールプレイングゲームのようにできることを増やしていき、スキルを磨いていきました。こうした経験が器を広げてくれ、現在の仕事に立ち向かえています。ですから、どんな経験でもいいですから、それを突き詰めてほしいと思います。「この経験を積んできた」と胸を張って言うことができ、実際にそれが使えるものになっていないと「経験して身につけた」とは言えませんし、自分の深さ、広さにつながっていきません。音楽でも運動でもとにかく興味のあることを貪欲に見つけて、しっかりやり切ることが次につながっていくのだと思います。
もう1つは何でしょうか。
馬渕 行動の大切さです。自分で考えて行動を起こすと、いろいろな人を巻き込むことになり、そこで面白い経験ができます。すると別の行動も起こしやすくなるという好循環が生まれます。そういう行動の「型」のようなことを早いうちから身につけると、考えるだけでなく、自信もついて、行動して人を巻き込むことが自然にできるようになっていくはずです。行動力は、好きなことを見つけ、夢を実現する上でいちばん大事なものですから、行動力をつける経験を積んでほしいと思いますし、保護者の方々には、子どもがそういう経験を積めるような環境を整えてあげてほしいと思います。
グローバルファンド 保健システム及び
パンデミック対策部長
馬渕俊介(まぶち・しゅんすけ)さん
1977年生まれ。武蔵高等学校出身。2001年東京大学教養学部(文化人類学専攻)を卒業後、国際協力機構(JICA)入構。2007年ハーバード大学ケネディスクール公共政策修士号取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社、南アフリカ支社を経て、2011年ジョンズ・ホプキンス大学で修士号を取得し世界銀行入行。在職中の2016年ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生博士号取得。2018年ビル&メリンダ・ゲイツ財団。2022年より現職。グローバルヘルスの専門家として専門家チームを率いる。