TOPIC-3
コンサルティング会社は「社会人ブートキャンプ」

大学卒業後はどのような進路を考えていたのですか。
安野 ソフトウェアエンジニアリングが社会を変えるという確信はすでに持っており、どこかのタイミングで起業することを考えていました。当時は学生の起業も流行っていましたが、AIや機械学習の分野にはあまりそぐわないような気がして、まずは武者修行のためにコンサルティング会社に就職することにしました。なぜ、コンサルティング会社だったかというと、AIは大量のデータがないと何もできないことが分かっていたからです。大きな企業は様々な取り引きを行い、大量のデータを保有しています。大企業の作法を学ぶ意味でも、どういう仕事で起業するかを考える意味でも,プロジェクト単位でいろいろな企業に関われるコンサルティング会社は最適だと考えました。しかも、当時のコンサルティング会社は超絶ブラックな職場環境で、社員は朝から晩まで猛烈に働くのが当たり前。ならば普通よりも早く経験値を高めることができるだろうと思ったのです。
やはり猛烈に働いたのですか。
安野 はい。世間では「最低3年間は同じ会社で働いた方がいい」といわれていますが、1年半でやめました。人の2倍くらいは働いていましたから、1年半で実質3年分だろうということで。もちろんそのコンサルティング会社のなかでは新人のままで、自身でコンサルティングができるようになったわけではありませんが、「社会人ブートキャンプ」としては、けっこう意味のある経験だったと思います。
会社を辞めてどうするつもりだったのですか。
安野 まずは、経産省が主催している「未踏IT人材発掘・育成事業」に応募しました。採択されたので、わずかな予算をいただき、アンドロイドで有名な大阪大学の石黒浩先生にもアドバイスをいただきながら、約10カ月かけて、新しいコンセプトのユーザーインターフェース(利用者と製品やサービスをつなぐ接点)を作りました。パソコンで何か作業する場合、作業の進行に応じて必要なツールを探してはクリックするという動作を頻繁に繰り返すわけですが、現在の作業状況から次にクリックするツールをAIで予測して提案するというもので、スーパークリエーターという称号もいただきました。
AIエンジニアらしい仕事になってきました。
安野 その後趣味でプロジェクトをやっていた仲間と創業しました。チャットボットのサービスを運営する会社で、コールセンターにかかってくる電話をAIが受け答えするサービスを提供する仕事です。多くの企業でこのサービスを採用していただき、現在でも日本のコールセンター市場では最大手です。その2年後には、仲間4人と新しい会社を共同創業しました。法務とテクノロジーが融合したリーガルテックと呼ばれる分野で、AIを使って過去の契約書から似た文言を探し出して提示することで、企業の法務部の方の契約業務をサポートしようというものです。
TOPIC-4
イノベーションへの情熱は燃え続ける
作家業にも挑戦していますね。
安野 中学生の頃から小説を書き散らしては、未完成のまま放っておくというようなことを何度か繰り返していました。そこで、まずは短編を完成させてみようと書いたのが『コンティニュアス・インテグレーション』で、第6回星新一賞優秀賞をいただきました。短編が書けたのなら次は長編だと、2021年に『サーキット・スイッチャー』を書いたところ、これも第9回ハヤカワSFコンテストで優秀賞をいただきました。
ロンドンにアートを学びにいったのはなぜですか。
安野 私の興味の中心にはイノベーションがあります。SFも近未来のキャラクターを動かすことによるイノベーションにつながりますし、アートを学ぶのもイノベーションに必要な課題を発見する視点やインスピレーションを与えてくれると思ったからです。
都知事選にも立候補しますね。
安野 衆議院の補欠選挙中、妻と散歩中に「今の政治システムはアップデートできる可能性がある」といった話をしていたところ、妻が「だったら自分で出てみれば」と。その後冷静になって考え、技術の重要性が高まっている今の社会では、技術をどういう方向に使うのかということ自体が政治的に非常に重要であり、政治システムも技術によってやり方をアップデートしていく必要があるという二重の意味を込めて、立候補を決めました。
今後はどんな方向に進んでいかれるつもりですか。
安野 テクノロジーと政治の融合は誰もやっていない分野ですが、非常に重要であることは間違いありませんから、この領域で何かできないかもう少し模索してみたいと思っています。具体的には、10万人を超えるコミュニティにおける効果的な意思決定の仕組みを、AIやITのテクノロジーで何とか解決できないかと思っています。
新中1生に向けて何かメッセージをいただけますか。
安野 中高時代の生活には、3つくらいのステップがあると思っています。1つは自分が熱中できるものを見つけて熱中することです。僕もそのためにいろいろなことに手を出しました。2つ目のステップは、その夢中になれるもののなかで、他人が熱中していなくて、自分だけが熱中するものを見つけることです。最後のステップは、自分だけが熱中していることに、今度は友だちを巻き込みながら一緒にやっていくことです。中高のうちに、自分固有の熱意みたいなものを探すことができればいいと思います。
保護者へもメッセージをお願いします。
安野 今の子どもたちは、技術の進展によってルールがどんどん書き換わっていく世界に生きているわけですから、親や先生が答えを知らないことが増えてくるのは当たり前といえます。だからこそ、適応能力の高い中高生の感性にある程度任せる部分があっていいと思っています。

起業家 AIエンジニア 作家
安野 貴博(あんの・たかひろ)さん
1990年東京都生まれ。開成高等学校出身。2014年東京大学工学部システム創成学科卒。2015年ボストン・コンサルティング・グルーブに入社。2016年株式会社BEDRE(現:PKSHA Workplace)を設立。2019年「コンティニュアス・インテグレーション」でSF作家デビュー。英国Royal College of Art準修士号。2024年東京都知事選に立候補し、15万票を獲得し話題に。