特別コラム洗足学園小学校 田中 友樹 校長にインタビュー
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私立小学校の学びの魅力とは
社会が変化してもブレない軸で教育を
- 技術革新によって社会構造や人の生き方、働き方などが大きく変化していく時代を迎え、教育にも大きな改革が求められています。そんなときに参考にしたいのが、確固たる軸を持って教育に取り組んでいる私立学校です。「自立・挑戦・奉仕」を教育目標に掲げる洗足学園小学校の田中友樹校長に、教育の特色について伺いました。
社会のリーダーの礎を築く学校として発展
──私立の小学校で学ぶことの魅力をどう考えていますか。
田中 私立学校の最大の特色は、どの学校にも建学の精神があり、その理念に基づいて創立以来一貫した教育が行われていることにあります。教員の質に公私の差はあまりありません。しかし私立小学校には、建学の理念を理解し、具現化しようとする教員がいます。その点で安心して教育を任せられます。また、学習指導要領の範囲内ではありますが、授業時数や学校行事など、教育活動を独自に設定できるという柔軟性も持ち合わせています。教育理念に基づいた独自のカリキュラムが私立学校の最も大きな魅力だと思います。
──変わらない教育理念がもたらすメリットはありますか。
田中 卒業した年がいつであろうと、同じ理念のもとで学んだ経験を共有しているわけですから、卒業生同士の結びつきが強いということはいえると思います。先輩後輩のつながりも、同じ理由で濃密になるでしょう。教員も基本的に異動がありませんから、卒業後何年経っても恩師に会いに来ることができます。母校を中心とした豊かなコミュニティが形成されやすいということも、私立学校の大きな特長と考えていいと思います。
──洗足学園小学校の教育理念はどのようなものでしょうか。
田中 関東大震災で焼け出された、女性たちの自立を願って建てられた女学校が前身となっていますから、学園全体として「自立」は大きなテーマです。また創立者は敬虔なクリスチャンで、校名も聖書の言葉に由来しており、謙虚で慈愛に満ちた人を育てたいとの思いも込められています。これらのことをまとめれば、「謙虚で慈愛の精神を持ち、社会に貢献できる人材」の育成が、学園全体の根底に流れている理念ということができます。本校は小学校ですから、「社会のリーダーの礎を築く学校」でありたいと願っています。自立して社会で活躍し、その活躍を通して獲得したものを、社会のため、他者のために還元していく。そういう行動ができる人を社会のリーダーと捉え、そうなるための資質を育てたいと考えています。
中学受験を前提としたカリキュラムを構築
──教育の特色にはどのようなものがありますか。
田中 本校には3つ大きな特色があります。1つは、「全員が中学受験をする学校」だということです。隣接する系列中学校は女子校ですから、男子は全員進学先を探すことになります。女子には内部入試制度が用意されていますが、併願を認めているため、入学資格を持ちながら、他校を受験することができます。そのため、2月1日にはほぼ全員が中学受験に向かう環境にあります。その意味で、中学受験を考えていないご家庭にはミスマッチといえるでしょう。
──カリキュラムも中学受験が前提になっているのですか。
田中 はい。学習指導要領には各教科とも標準時間が決められていますが、受験科目である国語、算数、理科、社会に関しては標準時間以上に確保しています。検定教科書に加えオリジナルテキストを併用しながら、中学受験に向けてレベルの高い授業を実施しています。授業スピードも早いです。6年生の夏休みから過去問対策ができるように、なるべく1学期までに小学校課程を終えるようにしています。
──中学受験に向けた進学塾とよく似た進度ですね。
田中 現実問題として、中学受験では塾を利用するご家庭が多く、本校の生徒も、小学3年生の3学期くらいから少しずつ塾に通いはじめています。難易度の高い学校をめざす場合は、志望校別の対策も必要です。ですから本校では、その土台をしっかり作ることに力を入れています。
そのため、3年生以上は完全に教科担任制をとっており、社会のリーダーとして活躍してもらうために必要な知性や教養などを、中学受験の準備を通して養ってもらいたいと考えています。とはいえ、中学入学はゴールではありません。その先の教育も見据えた上で、小学校時代に育んでおきたい力や姿勢、考え方などを、しっかりとカリキュラムの中に組みこんだ教育を行っています。
ICTをフル活用し生徒の主体性を育成
──全員がiPadを持っているとお聞きしています。
田中 教育の2つ目の特色として「ICTの活用とデジタル・シティズンシップ教育」を掲げています。本校ではGIGAスクール構想がスタートする以前から、教育のICT化に取り組んできました。現在は入学時に購入してもらいますから、全員が1人1台iPadを持っています。日本で20校に満たないAppleの認定校にもなっており、ICTを活用した教育では一定の評価をいただいていると自負しています。
──そうなると、授業の進め方も従来とは違ってきますね。
田中 iPadを使うことが前提になると、ノートと鉛筆だけの授業とは異なったものにならざるを得ません。そのため、2020年夏に全教室を大幅に改修し、教室の片方の壁を一面ホワイトボードに替え、新たに2台のプロジェクタを増設して、そのホワイトボードに投影できる形にしました。子どもたちは黒板に机を向けるのではなく、横のホワイトボードに机を向けて授業を受けます。教員はiPadに書き込んだものをプロジェクタに投影しながら授業を進めていきます。
この形態だと、教員は授業中に一度も子どもたちに背中を向けることがありません。常に子どもに相対しながら授業を行うことができるのは、かなり大きな変化ではないかと思っています。子どもたち同士の意見交換やグループディスカッション、意見発表や意見集約なども効率よく行えるようになりました。
──デジタル・シティズンシップ教育は何を意味しているのですか。
田中 将来ICTを活用して社会に関与し、参加していくための教育です。使用法を正しく自分で判断できること、何かあったときには立ち止まって、周囲の大人に相談できることに力を入れています。本校はICTの活用によって、主体的に学んでいく姿勢を育てていきたいと思っています。
たてわり活動でもリーダーシップを育成
──3つ目の特色はどのようなものでしょうか。
田中 すべての学校が取り組んでいることですが、本校でも「こころの教育」を掲げています。学力と人間形成は車の両輪にたとえられますが、中学受験に向かって勉学に力を入れている学校だからこそ、同じ力を人間形成の方に注がないと、まっすぐ進まないという意識で、こころの教育を進めています。その1つの柱が「たてわり活動」です。1~6年生でたてわり班を作り、スポーツ大会を行ったり、たてわり班で遠足に出かけたり、たてわりランチでいっしょにお弁当を食べたりしています。夏に実施する3泊4日の黒姫移動教室も、3~6年のたてわり班で1つのロッジに寝泊まりします。
学年活動では一部の子どもたちにリーダーシップが集中しがちですが、たてわり班にすれば、多くの子どもたちがリーダーシップを発揮する機会を持つことができます。たてわり活動を通じて、指示するだけでなく、事前準備や我慢すること、全体を見ることの大切さなど、リーダーに求められる能力を理解して、それらを身につけてくれていっていると信じています。
──小学校にはめずらしくオーケストラがあります。
田中 全員参加ではありませんが、オーケストラ活動も心の教育に寄与しています。オーケストラには、全校児童の約4割が参加しています。系列の音楽大学から指導者を招いて、年2回の大きなコンサートに向け、個人レッスンやグループレッスンを重ねています。中学受験の勉強と平行しながら練習するわけですから、集中することの大切さ、時間の使い方などを苦労しながら学び取っていくことになります。
また、「道徳教育」も大きな柱の1つです。善悪を教えるのではなく、学校生活の特定の場面をテーマに、どう振る舞ったらいいのかを考え、議論することを目的としています。たとえば、低学年なら「運動会の準備をしていますが、どうしても協力してくれない人がいます。あなたならどうしますか」、また受験期の6年生なら「受験に合格したあなたは、同じ中学を受験して不合格だったお友だちに何と声をかけますか」など、リアルな場面を提示します。答えが出るわけではありません。みんなで考え、議論することで、いろいろな考え方、受け止め方があることを知ってもらうことが目的です。いろいろな捉え方があることを知ることで、他者への配慮や、自らの行動を省みるといったことにつなげてもらえればと願っています。
ご家庭と小学校教育方針の一致が大切
──最後に読者にメッセージをお願いします。
田中 まずは、子どもの教育に真剣に向き合ってくださっていることに敬意を表したいと思います。中高は友だちや先輩など仲間の影響を強く受けるようになりますが、小学校までは親の影響が一番大きいと思います。ですからご家庭の教育方針と、小学校の教育方針が一致していないと子どもが混乱してしまいます。本校の教育方針や教育の中身などをご理解いただき、賛同してくださるご家庭といっしょに、お子さまの健やかな成長を促していきたいと願っています。