数学者を志して東京大学に入学するも、数学者志望の仲間たちのあまりの優秀さに圧倒され挫折感を味わったという小島武仁さん。1年間留年してまで“自分探し”に時間をかけた結果、経済学と出会い、その面白さに惹かれていったといいます。中高時代の生活や進路選択時の思い出などを語っていただき、読者のみなさんへのエールもいただきました。

TOPIC-1

自分に“合う”を担保するマッチング理論を研究

どのようなご研究をされているのでしょうか。

小島 キーワードでいえば「マッチング理論」と、それを応用した「マーケットデザイン」と呼ばれる分野を研究しています。マッチングというのは2つ以上のものを適切に結びつけることを意味します。たとえば通う学校を選ぶことや、就職する会社を選ぶこともマッチングです。誰もが自分に合う学校や会社に行きたいと思っていますし、相手もまた自分たちの方針に合う人に来てほしいと思っています。つまり、この“合う”というのがマッチングの要であり、マッチングの良し悪しが人生の重要な局面を左右してしまうことも多々あります。ところがこの自分に“合う”を探すのが大変で、大変な時間と労力を費やしています。それをもう少し上手くやる方法はないかと考えるのがマッチング理論の出発点です。

マーケットデザインとはどのようなものでしょうか。

小島 経済学でいうマーケットとは、ものを売り買いする市場だけでなく、2人以上の人が幸せになりたいと思って行動を起こすことで相互作用が起きる場のことをいいます。学校選びもその意味ではマーケットであり、より良い学校選びができる社会システムを作っていくことが、この場合のマーケットデザインということになります。

そうした研究の成果が現実の社会で使われている例はあるのでしょうか。

小島 いま例に出した学校選びにおいては、マッチングシステムを使って進学する学校を決めている例は少なくありません。たとえばニューヨーク市の公立高校入試では20年以上前からこうしたマッチングシステムが使われています。進学したい学校を第1志望から順に複数書いて提出すると、成績含め多彩なデータから学校ごとに合格順位が定まり、これを元に数学的に進学する高校が決まるシステムです。例えば今の日本の公立高校入試では、本当はA高校が第1志望だが、より合格しやすいB高校に出願しようと考える人もいるかもしれません。しかし適切にマッチングシステムを設計すれば、自分にとってどの高校が第何希望かを正直に申告すると合格水準に達した高校の中で最も行きたい高校に入学できる、割を食わないような非常にフェアな仕組みを作ることができます。

日本でも最近、公立高校の「デジタル併願制」が話題になりました。

小島 日本の公立高校の入試は基本的に単願制ですから1校にしか出願できません。救済措置が講じられているケースもありますが、基本的に落ちたら終わりという極めてリスキーなシステムです。そこで、複数の志望校を記入できるようにして、志望順位に応じて公平に進学する高校が決まるという「デジタル併願制」とも呼ばれる制度の導入について議論が進んでいます。この議論で取り上げられたマッチングシステムは、私がセンター長を務める東京大学マーケットデザインセンターが提言したものがベースになっています。このほか、多くの自治体で認可保育園を決める際や、医師が初期研修先を選ぶ際などにマッチングシステムが採用されています。

TOPIC-2

ガロアの伝記を読み数学者を目指す

どのような中高時代を送ってこられたのですか。

小島 ごく一般的な、部活を頑張る生徒で、中学ではソフトテニス部、高校では吹奏楽部に入っていました。ただ勉強にも比較的興味があり、漠然と研究者に関心がありました。高校受験直後に分子生物学について書かれた本を読み、生物学者になろうと思ったこともあります。高校入学直後に生物部に入りましたが、生きた生物を使って実験するということが単純に怖く、手先が不器用なこともあって、実際には実験のエースみたいな部員が研究するための実験動物であるアフリカツノガエルに餌をやる係でした。

公立中学校と筑駒ではかなり環境が違ったのではありませんか。

小島 ワーッと集まっていたずらをするとか、掃除をサボって先生に叱られるといった男子中高生にありがちな姿という意味では中学も高校も同じです。しかし、保護者の職業や収入、教育に対する考え方が多様な家庭の生徒が集まる地元の公立中学校と、受験偏差値が非常に高い筑駒では、勉強に対する姿勢みたいなものはやはり違いました。ルールにあまり縛られず、自由闊達な高校生活でしたが、ある種のソーシャルノーム(社会や組織の中で共有される規範や期待される行動様式)というか、勉強するのは当たり前という雰囲気はありました。

そういう雰囲気が、研究者に向かわせたわけですね。

小島 研究と勉強は同じではありませんが、似た部分もあり、自然に研究志向になっていくような面はあると思います。ただし、頭の回転が非常に早い仲間や一芸に秀でている仲間から刺激を受けて、自分の世界が広がっていくメリットがある一方で、生物部のエピソードで紹介したように自分はもう生物学者は無理だと必要以上に挫折感を感じてしまい、可能性をつぶしてしまうデメリットもあるとは思います。

東京大学に進学されますが、何か理由があったのでしょうか。

小島 何となくというのが正直なところです。父親が早くに亡くなり、あまり豊かな家庭ではなかったこともあって国立以外は考えていませんでした。高校では中の下くらいの成績でしたが、東大しか受けない人もけっこういて、僕もその1人でした。あまり覚えていないのですが模試の判定では受かる確率は半分以下でしたが、雰囲気に流された部分が大きかったのでしょう、今から思えば怖いことをしたと思います。

理科Ⅰ類に進学しましたが、目標としている学部はあったのですか。

小島 生物学への未練はあったのですが、最初の挫折感が響き、結局は諦めました。あるとき数学者の伝記を読んでいると、エヴァリスト・ガロアという数学者の生き様に惹きつけられました。大きな業績を残しましたが、20歳のときに決闘で死んでしまいます。しかも死ぬ前日に急いで友人に数学の理論を書いて送っているのです。若いときは、こうしたドラマみたいな人生をかっこいいと思うのか、僕も数学者になろうと決め、数学者になるなら理科Ⅰ類かなと、そんな風に決めた気がします。