消化器内科の医師として働きながら小説家としても活躍している山口未桜さん。幼い頃から本や漫画が好きで、大学入学前まで現実の世界と頭の中で作り上げた物語の世界を行き来していたといいます。一度は断念した小説家への夢を後に叶えることができました。そんな経緯を振り返っていただきながら、医師を目指す人へのアドバイスもいただきました。

TOPIC-1

文芸部への入部を期に小説を書き始めた

どのような中高時代を過ごされたのですか。

山口 漫画や小説が好きで、物心ついたころから本当によく読んでいました。中学ではスポーツ系の部活に入ったこともありますが、物語を読むことはずっと好きで続けていて、高校になって文芸部に入りました。

今度は読むだけでなく、ご自身でも書こうと思われたのですか。

山口 きっかけは同級生の文芸部長に誘われたからです。「人数が足りなくて、このままでは廃部になってしまうから」という理由だったと記憶しています。文芸部の活動といっても、年に3〜4回出す部誌に、原稿を書いて送るだけのかなり緩い部活でしたね。それなら、ということで入部し、締め切りに合わせて原稿を出すことにしました。

最初に書いたものは覚えていますか。

山口 はい。「日常の謎」ミステリー風のお話です。小学生の男の子が主人公で、主人公の家に家族を事故で亡くした親戚の男の子がやってきて同居するようになり、仲良くなるのですが、どうやらその子は毎日学校帰りにどこかに行っていることがわかってきます。ある日、主人公が後をつけたことで、親戚の子が商店街のハズレにある怪しげな店に日参していることが判明するのですが、その店に飾られているマネキンが親戚の子にそっくりで…という話です。一応オチもつけました。短編小説ですから原稿用紙40枚くらいですが、それが生まれて初めて書いた小説です。

いきなり40枚もの小説を書けるものなのですね。

山口 ずっと小説を読んできた蓄積があったからかもしれません。文芸部に誘ってくれた同級生も「めちゃくちゃ本を読んでいるから書ける人だと思った」と、まるで編集者みたいなことを言っていましたから。彼女が誘ってくれなければ小説を書いていたかどうかわかりませんから、ありがたい一言だったと思っています。小説という形にしてアウトプットしたのは初めてですが、頭の中では何かしらの物語を創造しては、現実と物語の世界を行き来しているような日々を過ごしていました。作文も苦手ではなかったので、何か書こうと思えば書けたのでしょうが、書くきっかけを与えてもらったということなのでしょう。

第1作目の反響はいかがでしたか。

山口 思った以上に好評で、みんな面白いって言って読んでくれました。なかにはメールで長文の感想を送ってくれる子もいました。それで調子に乗ってホラー、時代劇ファンタジー、SFといろいろなジャンルの小説に手を出すようになりました。何とか文芸部の存続が決まったこともあり、高3のときに部誌を文芸コンクールに出すことにしました。そういう取り組みをしていれば、今後は廃部の危機に陥ることもないだろうとの読みもあったからです。初めての試みでどう応募すればいいのかわからず、とりあえず普段のホッチキス止めの部誌を送りました。

結果はいかがでしたか。

山口 部誌は落選しましたが、どういうわけか私の書いた短編ミステリーが個人部門で入賞していました。大量に送られてくる作品群の中から私の作品を読んで、面白いと評価してくれる人がいると思うと、うれしくなりました。そのときに初めて、物語を作る人になりたい、小説家でなければ編集者でもいいので、何かをクリエイトする人になりたいと、自分の願望を明確に意識しました。

TOPIC-2

作家になる夢を諦め医師になる道を選ぶ

それまでは、将来はどんな仕事をしたいと思っていたのですか。

山口 両親からは医師になってほしいという感じを受けていたため、強い意志があったわけではありませんが、医師にならなければならないのだろうとは思っていました。そんなときに自分の作品が客観的に高く評価されたわけですから、この道に進もうと思うのは自然の流れで…。

ご両親には話されたのですか。

山口 もちろん猛反対されました。一言「順番を間違えるな」と。自分の思いを押しつぶしてまで医者になるのは嫌でしたが、どうしようもありません。学費を出してくれるスポンサーを無碍にするほどのパワーはなく、「はい、わかりました。医者を目指します」と折れました。

小説家になる夢は諦めたのですか。

山口 完全に諦めました。そこから一切書かなくなり、小説もほとんど読まなくなりました。しかし、小説家への夢を断念した理由は両親の反対だけではありません。小説を書くようになってから一種の限界のようなものも感じていたからです。高校生ですから圧倒的に人生経験が足りません。自分がリアルだと思って想像で描ける範囲と、実際にリアリティを持って描ける世界は違います。お酒を飲んだこともないのにお酒の味について書けないよなぁ、と。もちろん、想像を膨らませて書くこともできますが、リアリティを追求するうえでは人生経験の少なさがネックになると感じ、小説の世界から遠ざかることにしました。

神戸大学医学部に進学しますが、どんな大学生活でしたか。

山口 スポーツばかりやっているような医学生でした。小説をやめた反動だったかもしれませんが、流されながらも置かれた場所でがんばるみたいな生き方をしてきたこともあり、バイトもしながら、週に7日練習するくらい打ち込んでいました。

専門とする診療科はどのように決めたのでしょうか。

山口 そもそも強い意志や憧れを抱いて医学部に来たわけではなかったのですが、生理学や薬理学などを勉強していくなかで、人間の体のシステムをロジカルに説明できることがわかり、医学の勉強が面白くなりました。臨床的にも、患者さんに今何が起きているのかをロジックで解くという面白さに惹かれ、最初は診断学に興味を持ちました。それで、まずは内科的診断学に加えて内視鏡的診断や治療もできる消化器内科に行くことにしました。ただ、自分で内視鏡的治療を始めてみると、当初の目的はどこへやら、胆膵内視鏡診療診療にのめりこみまして……(笑)。胆膵内視鏡の世界でトップランナーになれたらいいな、なんて思っていた時期もあります。

現在は胆膵内視鏡がご専門なのですか。

山口 消化器内科医ですから、胆膵(胆道[胆のう・胆管など]と膵臓をあわせた領域)だけでなく、肝臓も診れば消化管も診る、胃カメラも大腸カメラも全部やりますが、専門にしているのは消化器内科の胆膵領域です。胆膵の診療では救急、化学療法、緩和ケアの3つの大きな領域を横断的に診ていくことになります。亡くなりかけている人に緊急内視鏡手術を実施して自らの手で救う救命救急、がん患者さんと対話しながら長い時間をかけて関係を築いていく化学療法、そして終末医療と求められることがまったく違う分野を全てカバーするので大変ですが、とても大きなやりがいを感じています。