TOPIC-3

16年間のブランクを経て執筆活動を再開

そんな大変なお仕事のなかで、小説を書きはじめました。

山口 きっかけは新型コロナウイルス感染症の蔓延と出産が重なったことです。それまでは診療に加えて臨床研究にも取り組んでいましたが、コロナ禍で学会がなくなり発表の場が失われたことや、子どもの送迎などで稼働時間が制限され、研究に必要なデータを取るのが難しくなったことなどから、研究を続けることは諦めました。キャリアアップの目標もなくなり、しばらく鬱々としていたときふと思い出したのです。私は論文を書きたかったのではない、小説を書きたかったのだと。医師になって様々な人と出会い、数多くの生と死に接し、出産も経験して人生経験を重ねました。今なら書けるものがあるのではないかと、16年のブランクを経て小説を書きはじめることにしました。

デビュー作『禁忌の子』で鮎川哲也賞を受賞します。

山口 最初に医療系の小説を書き、その次に書いたのが『禁忌の子』です。新人賞に応募するなら、やはり自分の強みである医師としての経験を活かそうと思っていました。そこで「救急医のもとに、自分と瓜二つの溺死体が運ばれてくる」という導入のアイデアから一気に書き進め、それから1年以上かけて修正を重ねて完成させました。

医師と作家の二足のわらじはお忙しいでしょうね。

山口 自転車操業というか、本当にやり繰りできているのかわからないところがあります。フルタイムで病院に勤務しており、当直もオンコール(勤務時間外に緊急呼び出しに備えて待機)もあります。子育て中でもありますので、朝子どもを預けて出勤し、帰宅してから家事と育児を終え、夜中に書くという感じです。執筆は主に夜11時頃から2時間程度ですが、隙間時間なども活用しています。

両立の秘訣は?

山口 どうでしょう、無理しているなという感じは常にあります。作家業とのバランスをどう取っていくのか正解なのか、いつも悩んでおり、上手く両立させているというのとは少し違う気がしています。

将来の目標みたいなものはありますか。

山口 医師としては、やりたいことはある程度できたかな、と感じており、これからはどんな形で医師を続けていくのかを考える段階に来ていると思っています。作家としては、大きな反響をいただいて思ったことがあります。それは売れ行きや他人の評価を目標にするとしんどいだろうなということです。売れるのは面白いものですが、面白いからといって売れるわけではありません。ですから、自分が何を書きたいのか、それにはどんな物語の形がふさわしいのかを見極め、あくまで自分自身が納得できるものを書き続けていきたいと思うようになりました。

TOPIC-4

報われないとしても努力するしかない

医師を目指して中高生活をスタートさせる読者に向けて何かメッセージをいただけますか。

山口 まずは、学校生活を楽しんでください。勉強するときは勉強する、遊ぶときは遊ぶというメリハリをつけることが大切だと思います。医師という職業が今厳しい状況におかれているのは確かで、そんなにキラキラした夢いっぱいの世界ではありませんが、それでも人の命を救うことに自分が直接関わることができるいい職業だとは思います。モチベーションの維持は大変でしょうが、目指す以上は、眼の前の患者さんを大事にする医師になってほしいと思います。

医学部合格のための勉強のコツのようなものはありますか。

山口 手を抜かないことです。本が売れるかどうかなんて誰にもわからないように、受験においても合格するかどうかは誰にもわかりません。わかるのは自分が本当に全力を尽くしたかどうかということだけです。全力を尽くしてだめだったなら、それはもう仕方がありません。努力が必ず報われるものなら全員が努力しているはずです。報われないかもしれないけど努力できる人のなかに、成功する人が出てくるのだと思います。

保護者の方にも何か一言お願いできますか。

山口 子どもはやる気になればやるので、ある程度は放置しておいてもいいのではないかと思います。希望する進路が親子で食い違う場合は、冷静にロジカルに話し合うことをお勧めします。将来が心配だからといったようなフワッとした理由ではなく、日本に今その職業の人が何人いて収入はどれくらいあり、持続可能性がどれくらいあってどうスキルアップするのかなど、できるだけ具体的なリスクとベネフィットを提示して、子どもの解像度を高めてあげるのも、ひとつの方法ではないでしょうか。

医師、小説家
山口 未桜(やまぐち・みお)さん

1987年兵庫県生まれ。神戸大学医学部卒。高校時代は文芸部に所属し、作家を志すが医学部入学で断念した。現在も消化器内科医として勤務しており、専門領域は胆膵疾患。コロナ禍で臨床研究に支障が出たことをきっかけに創作活動を再開。2024年『禁忌の子』で第34回鮎川哲也賞を受賞。2025年シリーズ第2作目『白魔の檻』を刊行。