マクロ経済学を修め、日本銀行に総合職として入行し、エコノミストとして活躍していた中室牧子さん。30代になってから教育経済学という分野があることを知り、専門分野を変更したそうです。教育経済学の研究から得られた中高生や保護者の参考になる知見と合わせて、中高時代をどう過ごせばいいのかについてのアドバイスもいただきました。

TOPIC-1

教育を「投資」と捉えより良いリターンを探る

最初に、教育経済学という学問について教えてください。

中室 一言でいえば、教育という対象を経済的な理論やデータを使って分析する応用経済学の一分野ということになります。教育学や教育心理学、経営学などの学問とは違ったアプローチで教育を分析する、かなりサイエンス色の強い学問といえます。

具体的にどのような研究をなさっているのですか。

中室 経済学を定義するとなるとかなり難しいのですが、スティーブン・レヴィットというアメリカの有名な経済学者は、経済学を「インセンティブのメカニズムを明らかにする学問である」という言い方をしています。個人的には、経済学を端的に表現する言葉だと思っています。人が何か行動するときには必ず動機があります。いちばんわかりやすいのはお金です。給料がほしいから働くというのは好例ですが、人はお金だけで行動を起こすわけではありません。人々がどんな動機でどんな行動を起こすのか、何が行動を変化させるのかといったことを分析していきます。

では、教育経済学は教育に関わる様々な行動をもたらす動機を明らかにするわけですね。

中室 はい。子どもが勉強するのも、何らかの動機に突き動かされていると思います。親にほめられるからというのもあるでしょうし、お小遣いをもらえるからといったこともあるかもしれません。受験があるからというのは大きな動機の一つでしょう。どういう動機付けをすれば子どもたちの勉強への態度が変わるのかという大きな研究テーマといっていいでしょう。親の教育投資行動も同じです。教育費の無償化とか孫への教育資金提供なら非課税といった政策で親の教育支出が変化するのも、やはりインセンティブによって決まっているのだろうと思います。学ぶ側の動機や学ばせる側のどんな動機によって、教育がどう変化していくのかを探っていこうとしています。

TOPIC-2

教師の家に生まれたことと経済学との出会いが原点に

教育経済学に興味を持たれたのは、中高時代の学びと関わっているのでしょうか。

中室 中高時代というよりは、育った環境と大学以後の出会いの二つが影響していると思います。一つは、父が公立学校の体育教員を務める家庭で育ったということです。父は、資源が少ない国だからこそ人材が大切で、そのためには教育が大切だと考えていたようで、そんなに豊かな家庭ではありませんでしたが、私立大学に行かせてくれたのは、そういう考えが反映されていたからだろうと思っています。

何か、お父様とのエピソードはありますか。

中室 父からは「家は借りて住め、本は買って読め」と言われていました。本人は自分で考えたかのように言っていましたが、後になって調べてみると、作家の灰谷健次郎の言葉だということがわかりました。お金で貯められる財産のようなものよりも、教育を通じて得られた知識や経験を大事にすべきだという意味ですが、実はこの考え方は経済学の「人的資本理論」に通じています。ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ゲーリー・ベッカー氏が提唱した理論で、金融資本と同じように人も資本であるとする考え方です。投資するものやタイミングによってリターンが変化する金融資本と同じように、人の教育も、幼少期を含めて教育を受けるべきときに教育を受けることが、将来にわたってその人に便益をもたらすことになるというわけです。

もう一つは、大学以後の出会いでしたね。

中室 実は大学入学時点では、経済学にはまったく関心がありませんでした。しかし小泉純一郎内閣で経済財政政策担当大臣など様々な大臣を歴任した竹中平蔵教授の授業を受け、一気に経済学に魅了されてしまいました。なかなか目に見えない経済の動きを、理論と実証でここまでクリアに説明できることに感心したのと同時に、この先、どんな仕事に就くにしろ必ず役立つだろうと直感し、経済学を専門的に学ぶことにしました。

そこで分析対象として教育を選ばれたのですか。

中室 その時点では教育とはまったく結びついていませんでした。マクロ経済学を学び、日銀や世界銀行で経済分析などの実務を担当していましたが、アメリカで教育経済学という学問分野に出会い、家庭環境から来る関心とも合致したことから、30代前半でマクロ経済学から教育経済学へ、ある意味転向することになったわけです。

なぜ慶應義塾大学の環境情報学部に入学されたのですか。

中室 田舎の家庭で育ちましたから、田舎を出て、広い社会を見てみたいと思っていました。関西にもいい大学はありますが東京へ行くならそれなりレベルの大学でないと親を説得できないと考えて、大学と学部を選択したわけです。