TOPIC-3
鍵は「非認知能力」だが伸ばす方法はまだわからない
これから思春期を迎える子どもに対して、親はどのような心構えでいればいいのか、教育経済学の見地から何か言えることはありますか。
中室 長年この分野で研究してきて思うことの一つは、人生はとても長いということです。その長い人生のなかで何に重きを置くかは、けっこう重要なことだと思います。子どもたちの多くは目の前の成果や受験といったことに心を奪われがちだと思いますが、大人になってみると受験なんて通過点にすぎず、大事な人生の本番はもっと後になってやってくることがわかりますよね。「終わりよければ全てよし」という言葉があるように、人生を満足して終われるようにするには、教育の成果を近いところにおかず、遠い将来におくべきではないかと思います。受験で成功しても、その後の人生が中途半端に終わってしまったら、その成功は結局意味がないわけですから。
遠い将来を見据えて教育の効果を高められるように考えるということですか。
中室 学力があることは大事ですが、学力や学歴がもたらす効果は、人生の早い段階で消えてしまいます。保護者の方はよくわかると思いますが、40~50代になってみると、中学の偏差値がいくつだったとか、どの大学を出たといったことは本当に些細なことでしかなく、学歴が低かろうが仕事ができる人の方がはるかに評価されるわけです。
どうすれば長期的な教育効果を高められるのでしょうか。
中室 一つの答えは非認知能力と呼ばれるようなものを伸ばすことだと思います。人格面や気質的なもの、リーダーシップ、コミュニケーション能力といったスキルなどが、長い人生でみれば重要になってくるわけです。認知能力である学力や学歴は、労働市場にもたらす影響は小さくなり、逆に非認知能力の方が労働市場における成果、つまり収入や職業選択といったものに及ぼす影響が大きくなるという研究もあります。人生の前半で必要とされる能力と、後半で必要とされる能力が違うわけですから、前半で力を使い果たしてしまうのは、あまり得策ではありません。
人生の前半と後半で必要とされる能力が違うというのは興味深い考え方ですが、子どもたちは人生の後半をなかなかイメージしにくいのではないでしょうか。
中室 そうですね。やはり目の前のテストの結果の方が、30年後の将来よりも気になるのは当然です。行動経済学に「双曲割引」という言葉があり、人間には遠い将来よりも短期の成果の方に重きを置くという性質があることを示しています。いくら将来の成果の方が大事だとわかっていたとしても、短期的な利益に目を奪われてしまうのは仕方がないと思います。
中高時代に、人生の後半で重要になる非認知能力を高める方法はあるのでしょうか。
中室 よく聞かれる質問ですが、実はよくわかっていないというのが現状です。経済学の世界では、非認知能力は可鍛性がある、つまり教育やトレーニングで伸ばしていくことができるとする研究者がいます。とくに小学校など学齢が若いうちは、学校教育のなかで非認知能力を伸ばせているというエビデンスもあります。一方で、心理学や行動遺伝学の世界では、可鍛性については非常に否定的です。なかには非認知能力は能力ですらなく、鍛えて伸ばせるものではないと断言する研究者さえいます。このほかに、スポーツをやっていた子どもは将来の収入が高いというデータから、スポーツ活動で非認知能力を獲得したことで説明ができるとする研究や、音楽や美術といった副教科で非認知能力を高めているというエビデンスがあったりします。ですから学術的には本当のところはよくわかっておらず、これから研究が進んでいくのだろうと思っています。
TOPIC-4
人と比較することをやめ、夢中になれることをする
認知能力も非認知能力も伸ばしていくにはどんな中高時代を送ればいいのでしょうか。
中室 認知能力というのは、要するに物事を考える力ですが、これは何も主要教科の学力だけに限りません。音楽や美術が認知能力を高めるというエビデンスもあります。なぜなら音楽も美術も意思決定の連続であり、それが認知能力を高めることにつながっていると考えられるからです。ですから主要教科だけでなく、副教科もバランスよくやった方が、認知能力を高めるという点でも効果があるということがわかっています。
どの教科もちゃんと勉強しましょうと…。
中室 というより、教育は人に対する投資であり、受験の合否のためではなく、人の能力を鍛えるための一つの方法だときちんと認識すべきだということです。そのために勉強その他の多様な経験を積むということが、結局は自分のためになるのではないかと思います。
これから新中1生になる読者に何かアドバイスをいただけますか。
中室 これは大学生にも言うことですが、「人と比べるな」ということです。自分が何を好きで、どんなことに向いているかを、他人と比較せずに見極めることは、ずっと同じ学年のなかで比較される生活を送っている中高生には難しいことだとは思います。それでもそれを問い続けることが大切です。なぜなら、自分が本当に好きなことは、自分にしかわからないからです。近しい友人である為末大氏(元陸上競技選手で400mハードルのオリンピアン)は、「努力は夢中に勝てない」と言います。好きなことには夢中になれますし、夢中になった人が発揮する力は、努力だけではなかなか立ち向かえないという意味です。ですから自分が夢中になれそうなことを探したらいいのではないかと思います。何をしたら自分は時間を忘れるほど夢中になるのか、それがわかるのは自分しかいません。
ゲームに夢中になるのはいかがですか。
中室 難しいですね。テレビゲームに1時間以上費やすと肥満になるというエビデンスがある一方で、 ロールプレイングなどのゲームは認知能力を高めるというエビデンスもありますから、そういう目的意識を持ってゲームをすればいいのではいかと思います。ただし、過ぎたるは及ばざるがごとしで、1日は24時間しかありませんから、娯楽だけで時間を浪費するのはもったいないと思います。
新中1生の保護者へのアドバイスもお願いできますか。
中室 井の中の蛙効果という研究があります。第一志望校の最下位の生徒と、第二志望校の最上位の生徒は、入学段階では学力にほとんど差がありません。しかし、後者の方が後から伸びるという研究で、これは日本だけでなく中国やアメリカ、イタリア、イギリスなど多くの国で明らかになっています。前者は「もう自分はだめだ」と思い込み、後者は「自分がやればできる」と思うことで、その後のラウンドの競争で結果が変わってくるというのが、この研究が示していることです。これまでは目の前の中学受験に一生懸命だったと思いますが、教育というのは決して短期的な成果だけを求めるものではないということを心に留めて、わが子の成長を応援していただきたいと思います。
慶應義塾大学 総合政策学部 教授
中室 牧子(なかむろ・まきこ)さん
1975年奈良県生まれ。1998年慶應義塾大学卒。米コロンビア大学でMPA(公共経営修士)およびPh.D(博士号)を取得。日本銀行や世界銀行で経済分析の実務経験を積み、2013年慶應義塾大学総合政策学部准教授。2019年より現職。専門は教育を経済学的な手法で分析する教育経済学。著書に『「学力」の経済学』など。TVでコメンテーターとしても活躍。

