慶應義塾普通部 部長 森上 和哲 先生

第1部 特別講演(2)
問いを抱えながら学び続ける

まず小学生の方に話し掛ける形で話してみます。夏休みが終わった後、こんなふうに思ったことはありませんか。「早く夏休みがこないかな」。そして月曜日の朝は「早く次の日曜日がこないかな」それって、今は楽しくないということなのかな。今は楽しくないから、その先を求めているってことなのかな。でもみんな、今を生きている。じゃあ、今ぼくらは何をすべきなんだろう――。この問いには正解はありません。世の中にはこうした正解のない問いがたくさんあります。慶應普通部ってそんな正解のない問いを抱えながら、学び続けるところだとぼくは思っています。

慶應義塾は、江戸時代の終わりごろに福澤諭吉がつくった学校です。福澤は、「教育の目的は身体と心の働きを極度まで高めること」と言いました。その目的を達成するために、普通部では「労作教育」という教育方針を掲げています。

普通部には受験がないので時間はたくさんあります。その時間を使って、自分の心と身体を思う存分に活動させ、努力と工夫を重ねながら何かを作り上げる。これをぼくらは、労作と呼んでいます。労作教育とは、「時間を惜しまずに、自分の心身を思う存分に活動させて、そのなかでみずから考え、自主的な選択や決定ができる教育」です。労作する過程で、自分でいろいろ考え、さまざまな選択肢の中から、こうしようと自分で決めていきます。何かをするということは決断の連続です。そうした決断を積み重ねていきながら、何かを作り上げる、労作する。これは、みずから学び、みずから考えることの別の表現形です。労作を重ねていくなかで、彼らはみずから考える力を身につけていきます。

普通部が大切にしているのは、行事や式典、部会活動、そして日々の授業です。なかでも特に大切にしているのは日々の授業です。日々の授業や学習を通して、こつこつ積み重ね、労作を続けて学問を修めてほしいと願っています。

普通部の行事といえば労作展です。生徒たちが1年、あるいは数年をかけて作品を出展する労作展は、まさに労作教育の理念を形にしたものです。みずから決めたテーマの研究、制作活動を通して、自分と向き合い、形あるものを生み出します。その過程で、普通部生は成長していきます。目路はるか教室も大事な行事です。さまざまな分野の第一線で活躍する卒業生を招いてお話いただくこの教室には、学年全員がお話を伺う全体講座と、20人程度に分かれて行うコース別授業があります。昨年の全体講座には法務事務次官の川原隆司さん 慶應義塾常任理事の岩谷十郎さん、アメリカのブラウン大学から医師の樽井智さんをお招きしてお話を伺いました。コース別授業では、先輩方の職場を訪ねて、現場の空気を肌で感じます。今行っている労作の、その先にいる先輩方から学び、 みずからの歩む道について思いを巡らせる貴重な機会でもあります。

普通部にはほかにも多くの行事があります。早慶戦の応援、林間学校、海浜学校、キャンプ教室、多摩川40kmハイク、ユニークな種目も多い運動会、スキー学校、音楽会、 慶應義塾大学にある重要文化財の演説館で行う演説会をはじめ、実にさまざまな行事です。また、フィンランドやオーストラリアとの国際交流のほか、慶應義塾全体で実施している英国や米国の名門ボーディングスクールへの派遣留学制度など、海外関連の取り組みもあります。

普通部生は、受験のない豊かな時間のなかで労作を重ね、さまざまなものを作り上げながら自分自身をも作り上げていきます。その過程で、物事への取り組み方、筋道の立て方などを身につけ、それを自分の力としていきます。でも一人ではありません。すぐ横には友だちがいます。お互いに切磋琢磨し、高め合いながら、自分の力をつけていきます。正解のない時代、自分の頭で考えながら、労作して力をつけ、自分がめざすところを探していく。人が作った問いに答えるのではなく、みずから問いを立て、答えを探していく。普通部はそのような姿勢をもった人を待っています。

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